アトピー性皮膚炎療養日記

川井筋系帯療法に出会って

2002年06月の日記

■2002/06/01 (土)施術84回目

ワタカベ先生が「やぁ、ようやく乾いてきたね」と、息子の顔を見て一言。新大阪の電光掲示板は「決勝戦まであと29日」と表示されていました。

気がつくともう6月。小学生になってまる2ヶ月、生活が一変した春ももう終わり。初夏から梅雨を迎えようとしています。息子の日常もようやく落ち着いてきたようです。それとともに、体調も安定してきたというところです。

 

■2002/06/03 (月)初めてのかぎっ子!

元町の私学会館で生協の総代会がありました。
予定では2時半終了ですが、およそ時間通りに終われないのは知っていたので息子に鍵を持たせました。

初めてのかぎっ子です。息子と私、どっちが先に帰り着くか競争です。携帯電話のメモを見せて、「もしあなたが先なら電話してね」と言い聞かせてちょっと緊張して登校させました。
会の終了を待たず、同じく3時に子供が帰ってくる仲間と駅まで走りました。2時40分、もう絶望です。時間を見計らってこちらから電話をかけたところまだ帰っていません。結局、電車を降りてもう一度かけたところで息子が出ました。もう近くまで戻ってきていると伝えると、安心した声。

息せき切っておやつと一緒に戻ると、息子は宿題のプリントを仕上げていました。窓も開けず、口元をぎゅっと引き締めて待っていました。たくさんのありがとうを繰り返して、一緒にアイスコーヒーを飲みました。また少しだけ成長した気がしたのは、母親の欲目ですね。

 

■2002/06/08 (土)珍しいものばかり淡路島

生協の行事で息子と二人淡路島の玉ねぎ畑に行きました。
こういうのは娘のほうが役に立つし、彼女も行きたがっていたのですが別の用事が飛び込んだのでパスです。
援農です。
生産者との交流、それと、本当に畑を手伝います。特別な技能が不要で、人手がいる。玉ねぎの収穫、つまり拾うのです。黙々とコンテナに入れていくのですが息子は結局午前中に30分位手伝うにとどまりました。バス代と弁当代、それとおやつにお土産までもらって働きませんでした。
同じ畑を手伝った6年と3年の男の子もダメでした。こういうのは、男の子、ダメなのかな。

面白かったのは、生産者宅で作業用に着替えさせてもらったとき。はなれを知らないので「おかーさん、ここの家、テレビも台所もないの?」お弁当をいただいた門の下、ツバメが巣を作っていました。それも3つ。お外にトイレがあるし、トラクターが玉ねぎ満載したコンテナを山のように積み上げて行ってしまうし。畑の中にまで軽トラックが乗り入れてくるし。都会暮らしの息子にとっては、理解を超える珍しいものをたくさん見た援農だったようです。

 

■2002/06/20 (木)運動会の練習

わが校は、数年前体育館を修繕するときの都合で、開催が今の時期になりました。入学してすぐの大きな行事で、練習もままならないのではと意見もあったようですが、かえってこの時期いいみたいです。
10月ごろにされると、練習の時期はどうでしょう。猛暑の中でばっちりやります。いくらコドモが元気といっても、昔に比べて都市の温暖化ははっきりわかります。コンクリートに囲まれた街中ではさらに大変です。
入学して間もないこの時期だからこそ、大人の感覚で言うところの「盛大な運動会」へと入れ込まないでちょうどよさげな雰囲気で、いいものです。

それでも息子のように肌の状態の悪い子には、紫外線がふりそそぎ汗をかく動作は辛いものです。練習の途中でしんどくなるのをセンセイは気にされるが、どうして「みんなと一緒」でないとならぬと「いーーーー」となるのでしょうね。事前に申し入れて会ったのですが対応できないようです。連絡帳に「途中で痒がったら、休憩するようにしてください」と書いておきました。
練習の列を離れるというのはどうも先生にとっては、大変な逸脱行為のようです。
練習が嫌で抜けるのではないのですが…
乾いたタオルで痒いところをかきかきして、しばらくするとまた復帰できるようで、息子の葛藤(練習したい⇔かゆい)も解消されたようでした。

 

■2002/06/22 (土)それで運動会

梅雨の本番はやはり7月中旬なのでしょう、湿度は高いですが雨は落ちてこない、おかげさまでの運動会日和になりました。
オトナはしっかり日焼けしてくたびれました。
ムスメはどういうわけか「応援団の副団長」でして、必死の応援の結果、優勝を得ました。息子は1組で、残念ながら最下位3位で、明暗を分けたようです。
終日野外で過ごす運動会、息子はどうしても発汗のせいでしょう、痒みが生じるので必要に応じて藤棚の下で休憩を入れていました。タオルで背中をさすってやるぐらいしかできませんが仕方ありません。
大変な思いをしながらも、何とか運動会は終わってくれました。

 

■2002/06/26 (水)集団下校

通学路の一部で大規模な建設工事が始まるので、迂回路確認のために集団下校をすることになりました。地区委員の親たちが付き添って下校します。
うちは学校の隣なので迂回は関係ありませんが。
6年生がリードして、コースごとの名簿を確認し整列させる様子はほほえましく、子どもの6年間というのはこんなにも成長するものかと実感するものです。それに引き換えオトナときたら…自分の子どものコースに付き添えば一緒におうちまで行けるのですが、うちのように近すぎる場合はちょっと変です。お母さんはコースの最終近くまで付き添ってやります。ね、変でしょう。よその子の安全な下校を見守るために、自分の子どもは大人のいないおうちに帰って、親が戻るまでお留守番…
こりゃ変だ。
働くお母さんが増えて、こんな矛盾がまかり通るようなのです。

 

■2002/06/27 ただいま勝負!

午前に続き午後はリーダー会議でしたが、息子と帰宅勝負になりました。木曜、1年生は午後2時過ぎ下校です。
私は午後1時前からスタートした会議にぎりぎり1時間出席して自転車を飛ばしても20分では帰れません。途中で電話を入れるともう帰ってきていました。帰り着いたときには『もう宿題終わったよ」と、言われてしまいました。「さびしかった」とか言われたほうがよかったかも知れないわと、息子の成長を感じました。

 

 

■2002/06/28 (金)学年PTA

という行事があります。
何をするか?
クラス委員がプログラムを組んでくれて、親子レクリエーションです。体育館に集まってゲームなどします。親子がペアになってリレーゲームをしました。ご多分に漏れずというか、仕事を抜けられない親がいるので、「おばちゃん」がペアになってあげました。
息子のクラス1組はこれがもう…とくに男の子は整列が遅くて騒々しくていけません。よく記事などで、男児の幼稚っぽさが言われますがそのとおりです。なんだか参ってしまいます。とくにうちのように、上の子が女の子だと差は歴然として恥ずかしいものです。
うちの子も幼いに属しますね。

 

■2002/06/29 (土)施術86回目

6月は行事が多くて2回しかいけませんでした。幸い、それで症状が悪くなることはありませんでした。ワタカベ先生は「ずいぶん乾いてきて痒いね」と慰めてくれます。
施術のあいだ、息子はセンセとどんなお話をしているのか、この頃恐ろしくなってきました。今回は、運動会の悔しかった話だったようでほっとしています。

 

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