アトピー性皮膚炎療養日記

川井筋系帯療法に出会って

2002年01月の日記

 

■2002/01/01 (火)新年早々

この日記で「アケオメ・コトヨロ」と、やはり申し上げることになり気分は複雑…
でも年が明けてしまったのは仕方ないので、入学までには何とかすっきりできればと気持ちを切り替えることにする。年末年始の不規則な生活にもかかわらず、体調を崩すことなくのんびりしたもので、まずは安心なことである。悪くもないが良くもない、だいたい、年を越したから何もかも新しく、なってくれると都合が良いのだがそんなことがあるわけがないと、思い知るのも年齢を重ねた結果なのだ。今日は昨日の続きでしかない。アレルギーの療養も引き続き時間をかけるしかない。

父親からお年玉をもらって中身を確認した子供たち。息子はお正月の浮かれた気分でつい「たった1000円!」とふざけた顔で口走ってくれた。
とたんに夫がポチ袋を取り上げ胸ポケットに。こぶしこそ飛んでこなかったが、母に説教を食らった。母としては、千載一遇のチャンスと口元を緩めてしまったのを見つからなかったか気になった。

 

■2002/01/02 (水)天敵!

昨日午後のうちに和歌山の私の実家にきている私たち。
独占できていたばあちゃんに、4月で2歳になる従妹のサヤカがまとわりつく。
これを良しとしない息子は、上の部屋で叔父(私の弟)と父親と、オトコ3人でゲームに興じて、従妹を無視する形でお正月を過ごした。昨夜もゲームをしている父親の横に布団を敷いてもらい、何が何でもおばあちゃんの時代に終わりを告げようとしているようだ。

 

■2002/01/03 (木)リベンジ!

夏休みは母抜きで泊り込んだとたんに「おたふく」になった息子は、今回の実家行きで一晩泊まる計画を企てていた。
姉は最初「かえるわ」と表明していたのが、「やっぱりとまる」と翻意。ところが昼酒に酔っ払ったお爺さんにからかわれたのに気分を害し、親と一緒に帰宅の途についた「おじいちゃん、だいっきらい!!!」の言葉を残して。親子3人のシチュエーションは横浜時代のようで、なんとも不思議な感じがした。

 

■2002/01/04 (金)冬休みおわり…

企てどおり、一人で和歌山に泊まった息子は、これまた計画どおり、おばあさんに車で送ってきてもらった。おばあさん(私の母)は、54歳で免許を取得した人である。この3年ほどで行動範囲は当然広がり、ますます健在である。
息子の土産話を要約すると、おばあちゃんとはじめて二人きりで買い物に行ったとか、いっしょに寝たのは久しぶりとか。ひどく気分よくしている。夜中に目が覚めなかったかを聞くと、1回ぐらいとのこと。母も、さすさすしたら寝てしもうたよと、安心した様子だった。

 

■2002/01/07 (月)異変

相変わらずツブツブな息子だが、夕方変なことがあった。左の耳の付け根、ここが急に膨れてきて本人によると「いたい」とのこと。
耳下腺?おたふく風邪?リンパ腺… アトピーの症状とは考えにくい。こんなに見る間に腫れたり膨れたりの変化は今までになかったから。
触れると熱を持っているので冷やしてやった。
「ひえピタ@」を貼ってやると「まし」というので、そうやって寝かしつけた。

 

■2002/01/05 (土)施術64回目

診療所にも「おめでとうございます」の挨拶をする羽目になった。11月の上旬以来調子の悪いのが年を越してしまった。
年末年始の不規則な生活のおかげで朝は起きそこなって(9時すぎに出かけるのに8時まで寝ていた。7時に声がかかったのに起きず)母にしかられた。

帰りがけに頂く「飴」も開封に2度も失敗して落下させ、母にしかられた。

息子としては、不本意な年明けとなったようだ。

 

■2002/01/08 (火)異変2

余り変わり映えもせず、私の布団で朝を迎えた息子。全身状態も悪くもなく良くもなく。ツブツブは山のてっぺんが開いたものや、開いたところがかさぶた(赤黒)になったもの、周辺を赤くしているものは見られないのでオリーブオイルを少しつけてやって様子を見ている。耳の下はまだ硬いめのしこりが2個。わりと大きいのでまた冷やしてやった。
異変は夜、9時ごろ寝る前に起こった。
ふりかえった息子の左のまぶたがぱんぱんに腫れていた。
これは驚いた、
まず眼球になにか?と、観察しても目やになどは確認できない。充血も見られないのでやはり皮膚の異常と考える。
今夜は左瞼を冷やしながら、一緒の布団で寝ることにした。
本人に頻繁に確認するが、不思議なほど「痒い」は言わなかった。水疱瘡のときもそうだったと記憶をた繰り寄せる。

 

■2002/01/09 (水)通院

幸いなことに近所には小児科・眼科・皮膚科・耳鼻科、いろいろ揃った病院がある。昨夜は左瞼だけだった腫れは、顔全体に広がり「たいへんなこと」になっている。本人のショックはいかばかりだったろう。
ともかく、落ち込んでも治らないので自転車でゆく。
まず眼科。眼球に何かないか、一番心配したが異常はなかった。消炎剤を処方される。
次に小児科。子供はなにはなくとも小児科に行くのだ。そして各科目に行く。
腫れが余りに凄いので医者は「CT」と「採血」を指示した。
皮膚の疾患つまり、表面的なことだけか骨などにまで及んでいないかを調べるという。血液検査をすれば炎症反応を見ることもできる。
MRIは経験があるが、とくに頭部CTははじめてだ。
我が子の体内というのは、見なくて済むなら見せてもらわないに越したことはない。病気でないなら見る必要もないからだ。生後すぐ、心臓の様子を見せてもらった。そしてこんどは眼球から脳。好奇心旺盛とはいえ、いい気分はしなかった。
異常なしの結果にとりあえず、ほっとした。血液検査もクリアだった。
しかし原因はわからない。
炎症を静めるために抗生物質の点滴をうけた。約1時間かかった。
ほんとうなら皮膚科に行くのだが、本日は休診でまた明日となった。

 

■2002/01/10 (木)皮膚科<

腫れは引かなかった。小児科医は前日に「点滴で好転しなければ入院して薬を使うほうが彼にとっては良いと思います。ま、とにかく1日様子を見て…」と言った。
「今日も注射されるのかな…」と、蚊の泣くような声で通院を渋った息子をなだめすかしてまたお医者に行った。
まっすぐに皮膚科に行く。
入室してすぐに医者が診断を下した。
「お母さんこれ、何やと思う?」このように切り出した。
ばい菌だと思う、と述べると「全然違う!」
わかっていたら今ごろ私がその席に座っているわ!
だから私は皮膚科が嫌いなのだ。
専門家なので見たらすぐにわかるのだろうが、どうも皮膚科医は嫌いだ。問診をほとんどせずにこのように診断をするのが納得したくない。
強く私の発言をさえぎったのはきっとこんな理由だ。
民間療法にうつつを抜かす母親を黙らせるためのテクニック、多分そんなところだ。しかし一般的な民間療法と川井筋系帯は根本的に違うし、何より息子の症状を和らげることが目的なので言葉を呑み込んだ。

「単純ヘルペス・カボシ水痘持続発疹症」

これが今回の騒動の原因。私の経過観察はつまり正解でした。
水疱瘡のときとそっくりのつぶつぶ、幼稚園で水疱瘡がはやっていた、11月上旬梅田を歩いてきてから発症、そのころ疲れやストレスがたまってきていた、直接はお正月の不摂生、夫がヘルペスをわきの下に飼っている。発症が劇的でアトピーとは明らかに違う。

母親の観察はやはり肝心なのだ。

処方されたのは一般的なヘルペス治療薬。ゾビラックス顆粒、塗り薬ゲンタシン、保護剤としてのソルベーズ+酸化亜鉛

結局前日の採血や点滴、CT撮影のためのX線照射は息子と家計に負担をかけただけとなってしまった。

 

■2002/01/11 (金)経過1

ウィルスに歩き回られたのでは、さすがの筋系帯でも回復しないはずだ。筋系帯は西洋医学を全否定しているわけではない。人間の体が持つ免疫を活性化し、正常な新陳代謝を促すことで健康を保つものだから。
ヘルペスはウィルスであることが西洋医学では確認されている。退治するための薬や療法も確立されている。だからこれで根治すればよい。
しかし、ヘルペスは根絶することができないという。ふだんから空気中を浮遊しているし接触せずとも感染する。感染したら誰もが発症するかというと、「免疫力が低下していると」出るとのこと。
医学で免疫力を増強することはいままだできない。
皮膚科医も言った「規則正しく生活してチャンと食べて良く寝て…」
どれだけ規則正しくしたら度の程度免疫力が増えるのかしらね(笑)。
民間療法を白眼視しながらこの程度なのだ、早く川井筋系帯が保険で使えるまでに療法として認めてもらえればと、切にねがうのだ。

塗り薬ゲンタシンを使い、保護剤をガーゼに塗って顔面を覆う。見た目がかなり悪いので本人も悲しそうだ。

 

■2002/01/12 (土) 経過2

投薬による治療はやはり劇的だ。かさぶたがみるみる黄変してぼろぼろ落ちる。一緒に寝た布団は粉だらけだった。そして皮膚は何事もなかったかのように美しく健康なのだ。夫は「子供は再生するのも早いんだな」と感心しきり。
発熱でもそうだが、子供の場合は瞬間湯沸機みたいですよね、ぼっ!と発熱したかと思うと、嘘のように回復する。
本日2度目の皮膚科通院でした、木曜のセンセとは違う人が当番でした。
まだお若い茶髪の「おにいちゃん」でした(笑)。
カルテに目を落として、息子の顔を見て「あ。だいぶ腫れがひいてる?」と言った。抗ウィルス薬ゾビラックス顆粒と塗り薬ゲンタシンを続けて、また火曜日通院することになった。

今日は午後からネット通販で買い求めた学習机が届いた。
転勤族で住まいに制限があるので娘と同じ「ライティングデスク」である。デスク部分が蓋になるタイプ。息子の喜び様は文章にできないほどだ、宝物をいっぱい並べ立てて満面の笑みを浮かべてくれた。
夜は接着剤の匂いが気になるのでまた家族で狭いのに布団を並べて寝た。

 

■2002/01/13 (日)経過3

ガーゼで顔を覆って就寝するのだが、当然のごとく取れてしまう。昨日はウィルスのコロニーが浮き上がった感じだったのが、今朝はシーツいっぱいにかさぶたが落ちまくっている。水疱瘡の治ったときに入浴したらこんな感じだった(笑)。
今日はガーゼも1枚にして瞼を覆う程度になった。
かさぶたの取れた下から健康な肌が現れた。
まつげの際まで発疹していたのも消失していて、完全にふさがっていた左目がくりっと戻ってきた。鼻筋も腫れて平面になっていたのも、つまめるようになった。
左の耳下に本体があったようだが、こちらもぐりぐりしなくなった。但しさわるとまだ痛いそうだ。

全国的に3月の陽気、穏やかな3連休なのでどこかに遊びに行ってもよさそうな感じだが、娘も弟の具合を気遣ってそのようなことは言わない。

父親とテレビゲームに興じている息子の口ぶりが穏やか、体調が平常に戻りつつある。

 

■2002/01/15 (火)経過4

火曜日は皮膚科で一番えらい先生の診察日だそうで、木曜のタムラ医師が「きっと受診するように」と怖い顔で言っていたので雨降りの中を出かけた。しかし今日はムスメが昨夜からの発熱のため、夫と手分けしての2科受診だ。
ぐったりしているムスメは私が付き添い、オトコ2人が皮膚科の待合でぐで〜っと待っていた。連休明けなので混んでいるのだ。
ムスメのほうが先に済んで、選手交代、私が隣に座ると息子は息を吹き返したかのようにいろいろおしゃべりをはじめた。はぁ、夫は無言だったのだ。息子はさぞかし気詰まりだったことでしょう息子
えらい先生は、「とにかく、角膜に異常がなくてよかったです。入院しても不思議ないほどの様子だったようですからね」と、内容の割には淡々とお話くださった。
瞼の際がじゅくじゅくしているので、目元まで使える軟膏に代えてくれた。
飲み薬は引き続き。
「とくになにもなければ土曜日にね」それまで幼稚園はお預け、ということですね。

 

■2002/01/19 (土)施術66回目?

木曜から登園するようになり、本日は午後、筋系帯に行った。
先週12日は行けなかったので、2週間ぶりということになる。事前にヘルペスと診断されたことを伝えていたので、ワタカベ先生が施術後カウンセリングをしてくれた。発症したときの様子から使用した薬剤、経過について一通りである。
ヘルペスの激しい症状は顔から首にある程度限定されると、皮膚科医は断じたが、薬を投与して、11月初旬から悩まされていた背中はじめ全身のツブツブも引いてしまったのをみると、痒い原因はアトピーではなくウィルスが歩き回ったものと考えたほうが自然かと思われる。
自己免疫を正常にし、また高めることが目的の筋系帯療法だが、今回は極端にその能力が低下したのが原因ではないかと先生も仰った。
 直接の原因は、お正月に実家でタバコまみれになりながら、父親と私の弟とでゲームにうち興じたことではないかとひそかに考えるのだが。

 

■2002/01/21 (月)ホールフェスティバルにむけて

幼稚園の1年を締めくくる行事「ホールフェスティバル」の準備が始まったようだ。
尼崎市の有名な「アルカイックホール(大)」を借り切って行われるお遊戯会のことだ。会場は幼稚園児の使用するには身分不相応と考えるが、まぁ私立幼稚園とはそんなものなのだと割り切ることにする。
息子のクラスは隣のクラスと合同で劇「白雪姫」を演じるそうだ。
くじ引きの結果、緑の小人さんのなったので衣装を作り始めたのだが、はさみの入れ方がうまくゆかなかったと、話してくれた。
うまくゆかなかったのでやり直したいが、材料がもうないのでダメと言われたこと。
息子に「ではこうすれば?」と提案する私だが、本人は涙を浮かべ始め、「もうやりたくない」などと体のあちこちをかきむしり始めた。
不快なこと、自分にとって負担に感じること、したくないこと、などに直面すると息子は体のあちこちをかきはじめて涙を浮かべる。私は今回、心を鬼にしてそのことを指摘した。

生まれてすぐに心臓に不具合がみつかり、なんとか切り抜けた命。
ほどなくアレルギーの症状が出た小さな体。
そして、「下の子」へのゆとりからくるかわいらしさ。

こんな事情が息子をいつしか甘やかしていたと、私の中で反省することがある。
でも最終的に困るのは息子本人だから。
親としていつまでもそばに付き添ってやれないから。
さいわい、痒い症状から解放され、ウィルスにかじられたところも回復してきたから
タイミングを逃さずに言い含めることにした。

 

■2002/01/24 (木)午前中保育・お預かりなし

今日は午後から新入園児さんの健康診断のため、在園児さんは給食なしの午前中保育でした。近頃の幼稚園は放課後の預かり保育が充実しています。保育所や他園との競争からです。平日の午前中に園庭開放をしていたりもします。
ちょうど生協の用事で出かけたのですが、降園時間に間に合わせるために慌てて帰ってきました。普段ならお弁当を各自用意して費用を支払えばお預かりしてくれるのですが今日はナシでした。
生協の仲間たちが「優先順位1番のカレシやもんね」と、冷やかしてくれたのでとてもうれしかったです。
来年度からは各自登校して、カギを持たせておけば自分で帰って来たりするのです。
息子との蜜月が終わりに近づいているのかと思うと、すごくさびしく、今しかないの思いがさらに募っているのを感じます。

でもやはり、甘やかしているのかしら…

 

■2002/01/26 (土)施術67回目

瞼は皮膚が薄いところなのでしょう、ツブツブは消滅しても赤みがまだ引きません。吹く風の冷たさも容赦なく水分を奪っていきます。いつまでも抗生物質を使うのもどうかと思われます「薬焼け」しますからね。
全身の状態は至って正常です。
痒みが引くとわかります、態度が明るいんですよね。
引き続きお茶に対葉豆を加えています。
入浴時はよもぎパックを使っています。
季節柄、全身には薄くオリーブオイルを塗っています。
こんな感じでもうしばらく様子を見ることにします。

 

■2002/01/27 (日)バイキング!

私のすぐ下の従妹の結婚式でした。人数の都合で披露宴には出席しませんでしたが、式場となったホテルの最上階(36階)でランチバイキングをいただきました。眺めは良いし、お料理もナイスだし、(スポンサー私の母<爆>)4人でたのしいお昼を頂きました。

心配したのですが、子供たちにバイキングのルールを2つだけ申しつけたところ良く聞いて実行できました。一つに「走らない」。もう一つに「残さないようにお皿に取ること」。こぼしたり、他のお客さんにご迷惑をかけたり、作った人を悲しませることなく、美味しくいただけたので褒めちぎっておきました。
ゆっくりと外の眺めを楽しみながら、素敵なひとときを子供たちと共有できるようになったのねと、しみじみしてしまいました。
ひとえに息子の体調がよいからです。
本当に良かったです。
ああ、ケッコンしたキョウコちゃん、おめでとうね。うちが一番近所になったから
身軽なうちにちょこちょこ遊びましょう(と、先ほど電話しました)。

 

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