アトピー性皮膚炎療養日記

川井筋系帯療法に出会って

2001年10月の日記

 

■2001/10/02 (火)<アトピー児の親のための情報交換会

JRだけで行けるからと、820円も電車に乗っていってきました。
生協の主催で、子育て中のアトピー児母とそれより少し先輩の母が、いろいろ話をする場を持ちました。
今は未就学で、食べるもの、生活すべてが母親の管理の元にあるけれど、給食が始まるといろいろ不安なことが多くなります。先輩母たちは私たちよりさらに苦労を重ねて、学校給食の改善をはじめ、たくさんの働きかけと行動で子供たちを育てていました。おかげで今は、給食のメニュー表には主な材料が表記されるようになっています。除去食を実践している子は、それを参考にお弁当をもたせたりします。
信じられないことですが、学校に弁当を持参させることすら、現場では「特別に許可して云々」なことだったそうです。「許可」をもらって「特別に」…こんな大変な思いをしてくれた先輩がいたのです。
たしかに「集団生活の場」ですから、ある程度お揃いにすることもあるでしょう。しかしひとりひとり、体調は違うのです。同じだったらコワイですよね。先輩母は「それだけアトピーが増えて一般化しているってことよね、素直に喜んでもいられないわ」とおっしゃいました。
和やかに日ごろのことを話すのですが、あくまで「対処療法」「気長につきあうしかない」「年齢が来たらやがて…」「自分をコントロールしたり食物への感覚が鋭くなる」など、あきらめムードです。
皮膚科医の無責任と、厚生省のステロイド使用に対する不作為に憤りを覚えました。
なかで特に筋系帯に興味を示した方に、持参したパンフレットを差し上げました。
ひとりでも、この療法に出会って痒みのない生活ができるようになればと、祈るような気持ちで会場をあとにしました。

 

■2001/10/05 (金)施術51回

週に1回ペースになってからは、足元に僅かですがブツブツが目立ちます。
ひざの裏にぽつぽつ…
かさぶたが気持ち悪いからこそげるのですよね。
しょうがないので、オロナインをつけてみます。程なくなおるので様子をみているところです。
ひじも両方ブツブツしていましたが、数日でなおっています。

このごろは、なおるのです。

 

■2001/10/06 (土)組対抗リレー!

もうすぐ幼稚園最後の運動会です。
毎日練習に余念がないようです。年長さんのメインは「組対抗リレー」です。
優勝するとけっこう大きなトロフィーが貰えるとあって、子供たちはかなり本気です。角向かいの小学校を借りるので、グラウンド半周のリレーは結構ハードなものです。今日は何位だった、明日はがんばると、テンションはぐぐっと高まってきました。
例年なら、この季節は肌荒れ再開の頃となり、痒いかゆいで練習もままならない息子でした。今年はおかげでトラブルなく綱引きでひっかき傷を作ったと、むしろ誇らしげにしています。「をかーさん、これアトピーの傷とちがうねんで。綱引きでねー」要するに、引きずられて黒星だったんですね。

 

■2001/10/09 (火)新入学児健康診断

早いもので、来春の準備が始まりました。
いちねんせい
つるりとした、ピカピカのいちねんせいまであと半年なくなりました。
娘は風邪引きかなにかで欠席したので、最初で最後の入学準備です。
どこも似たような感じだと思いますが、受付を済まして内科検診を受けると、6年生が連れていってくれます。1時間ほどを控え室で待たせてもらって、知り合いと少し話などしてすごしました。当地に住みついて4年目、話をする知り合いもたくさんできてそれもまた感慨深いことです。

 

■2001/10/10 (水)抗生物質

10/02に、アトピー児の親の情報交換会という、生協行事でいろいろ話をしたところ、生協の卵に限ってはアレルギー反応が出ない、又は症状が軽いということがあった。他の食品も同様なのだ。ついでに風邪をひきにくいし、薬がすごくよく効く、じきに回復してしまうなど、妙に共通することがあった。これらのことから類推して、「抗生物質」の存在が重要なのではないかとの意見が出た。
ニワトリやブタ、牛の餌にまでこだわった生産物を供給するうちの生協、もちろん餌には不要な抗生物質は入れていない。
出席した理事の一人が、「そうかもしれない…」と、絶句した。
卵ではなく、牛ではなく、大豆でもない。
生産過程で投与され付加されるモノにアレルギーの原因物質が含まれるとしたら!
そうなるとひろく一般的に行われている「除去食」療法は、意味をなさない、どころか子どもにも親にも我慢を強いる、ストレス増強の行為なのかもしれない…。
自然食品のお店もいいけれど、あれは「商売」なのですごく高いです。地域にはきっと、こだわりの生協があるはずですからいちど利用を考えてもいいかもしれません。

 

■2001/10/12 (金)施術52回目

運動会の準備のために、午前中保育でした。駅前でお昼を食べて新大阪まで行きました。ちょっとおデート気分です。この日はいっとき同じ時間だった小さい男のこと久しぶりに会いました。通い始めだったようで、坊やはしっかりアトピーで辛そうだったのが、赤みが引いて落ち着いた様子でした。まだ小さいのでじっと姿勢を保つなども無理でしょうから、息子のようにぐんぐん回復はしていないものの、それでも皮膚は赤く腫れた様子だったのが、白く?乾燥してきていました。
坊やはお母さんもアトピー症のようで、一緒に施術を受けていて、おばあさんが付き添いで来ています。おばあさんもこちらに気がついたようで、声をかけてくれました。やはり開口一番「おやすごいきれいになってる!」でした。
こちらも「症状がおちついていますね」と話しました。回復のスピードは個人差があるのでいろいろですが、確実に言えることは「悪くなってはいない」です。

先週はひざの裏が発疹になって痒かったようですが、1週間ほどでよくなりました。おもしろいのは、片方がよくなるのに、もう片方は同じようには良くならないことです。これはどういうことなのでしょうね?

 

■2001/10/15 (月)旬の味わい

日曜は我が家にとって幼稚園最後の運動会でした。最後の機会ということで、祖父母が朝からはせ参じて観戦してくれました。おじーさんは自慢のカメラでフィルムを2本使い切りました。
お昼をいただいて、おばーさんの持ってきた栗を姉と争うようにこぼしまくって大量に食べて、満足そうでした。
そして夜、息子はおなかを中心に赤い発心が出た!のです。
どうしたことかと驚いたが、腫れ上がったり乾燥した様子がない。
冷静に考えると、旬のものを大量に摂取したことが原因ではないかと、私は判断しました。そうそう、春の筍を食べて痒くなることはないですか。私はそういう体質です。
アトピー症ではない証拠に、翌朝起きてきた息子のおへその回りは発疹の痕跡が少々あったものの、正常に戻っていたのでした。
要は、一時に大量に変わったものを食べない、ということでしょうネ。

 

■2001/10/18 (木)ご褒美

私立幼稚園というのは園児獲得のために「保育の特色」というのを出さなくてはなりません。息子の通う園も老舗の幼稚園なので(3年前ムスメさんの卒園証書番号が第10001号でした!)新しい幼稚園に負けないようにいろいろ頑張っているようです。その中で毎年秋に開かれる「二科展」に併設して催される「こども二科展」には早くから力を入れているようです。園の図書室には「団体賞」の受賞盾なども飾られています。
さて先日、お絵かきの時間に本人曰く「ちゃちゃちゃちゃー」と描いた「わだいこ」の絵が「こども二科展」に入選したのだそうです。
入選した旨お知らせのプリントには、11月10日午前、表彰式をするので大阪市立美術館に来られたしとありました。
何でもかんでもアトピー回復に結びつけるのはどうかと思うのですが、確かにこれまでは落ち着いて絵を描いたりできる状況ではなかったのは事実です。
絵を描きたい気持ちと同じぐらい、体を掻いていた息子のことを思うと、今回の受賞は我が家にとってはひとつの節目のように思えてなりません。

日曜からの発疹ですが、おなかと背中はまだ痒いようです。ひじとひざの裏は白く枯れてきました。この段階もまた痒くて大変で。ここのところまた、私の布団にやってきてくれます。夫を蹴り飛ばして気持ちよさそうに寝ています。

 

■2001/10/20 (土)施術53回目

14日、運動会の午後に食べまくった栗が原因なのかどうか、おなか・背中・膝の裏・ひじ、赤い発疹がたくさん出ています。ひじはぶつぶつが枯れてきて、白いかさぶたになっています。これはアトピー発疹が治ってきたときのものと同様でしたから、ひじに関してはアトピーの湿疹なのかと思われます。運動会前から出ていましたから。
おなか・背中はどうなのでしょう?少し様子を見ます。

 

■2001/10/22 (月)旬の味わいのその後について

運動会の午後に、どうも食べ過ぎた栗のせいでおなか・せなかと、発疹が出たと報告をしました。
しばらく辛くて、夜中に目を覚ましていました。寝不足はすぐに次の体調不良を呼びます。栗が原因と思っているのは私だけで、もしかしたらアトピーの再発だったらどうしよう!
とりあえずは痒いのだから、「ムヒ」ローション状のものを少量使いました。しばらくでも楽になるようです。
それから昨年の秋冬使ってみた「よもぎ湯」をお風呂に使いました。その夜は、ムヒローションを少々使用しました。
翌朝起きてきた息子の背中はつるりんとしていたので、驚きました。数日を経て、背中もおなかも、ひじも膝の裏も、きれいになりました。発疹の原因が背骨・腰骨の歪ではない証拠だと思いました。

 

■2001/10/24 (水)ちょっと風邪引き

寝不足をしているのを承知していたので、嫌な咳をし始めた息子を小児科に連れて行きました。かかりつけのツダ先生は息子と同じ幼稚園の卒園児さんです。うちの幼稚園は先ごろ、「孫さんが入園してくれた」と、園長が喜んでいたほどの老舗です。1期2期の卒園児さんはもう、ツダ先生ぐらいの年頃です。ツダ先生のところは、「診療所」ということで点滴を受けに来るご近所のお年寄りも多く、今日は6番目の受付でした。
制服を着ていったので、看護婦さんが「お熱もないし、(幼稚園)行く?」と診察順番を1番にしてくれました。
帰りがけに待合に居る人たちにお礼を言って、幼稚園に行きました。自宅・幼稚園・病院、近いことはいいことです。

 

■2001/10/25 (木)<念願叶った

今日は来年度の願書提出日なので、幼稚園はお休みです。
なので、娘に学校を休んでもらってUSJに行ってきました。
前日、これしきの風邪で病院に行った理由は、実は……
お盆休みに木曽に里帰りする際、娘がおたふく風邪で留守番をしました。熱も腫れも引いたので、母娘2人は札止め寸前の8/13に、行ったのです。
息子も「行きたかった」とぐずぐず言うし、娘も「乗り物に乗りたかったね」思いを残してあったので、平日に行きました。ちなみに夫は仕事です。
夫は行列とアメリカが嫌いなので「3人で行っといで」と言います。ホントは行きたかったかもしれません、あれこれ話しをする子どもたちを恨めしそうに見ていましたから。
並んで待ったり、きちんと座ってショーを見たり、静かにするところではしたり。出演者と話したり、売店でひとり買い物をしたり。
なにより「自分で歩く」ようになったなと、変なところで感心してしまいました。だってもう来年は1年生ですもの、いくらなんでも「だっこーー」は無くなってしまいました。ちょっと寂しかったりして?
行楽日和とはいえ、朝8時から夕方まで青空の下で元気良くいて紫外線の害に会わないかと心配もしましたが、まったくの杞憂でした。夢中になるロケーションと、体調の良さが感じられました。歩きまくっても体が辛くなくなったのねと感じています。

 

■2001/10/26 (金)相談を受けました

父方の叔母がこのたびめでたく「おばあちゃん」になったと聞いてから数ヶ月が経ちました。私たちが千葉の成田に居た頃、ちょうど娘が生まれたときで、群馬県邑楽郡というところからお祝いに来てくれた叔母です。
母から聞いていたのですが、お孫さんの顔が4、5ヶ月ごろから赤くただれてきて心配しているのだそうです。うちの息子がアトピーで、筋系帯で良くなったことも知っていたから話を聞きたいとのことでした。
で、先日、叔母から電話がかかってきました。
話を聞いてもらうだけでも気持ちは楽になるもので、少し話をしました。初めての子ども、初めての孫さん、それがアトピーだったら、さぞや心配なことでしょうね。
娘が「アトピーだね」と宣告されたとき頭が真っ白になったのを思い出しました。
横浜の琴寄医院で言われて、地図を持たされて。右も左もわからない皮膚科への道をどうやって歩いたのかな?
千葉の成田で3ヶ月ほど過ごして、次は横浜市旭区に引っ越した矢先でした。
鶴ヶ峰の駅と自宅とイトーヨーカ堂、それぐらいしかわからないときに「うちの子はアトピーなんだ」と、打ちのめされた、あのときの恐ろしさは忘れられません。
夫は(今も)まったく当てにならない、ほんとうに一人ぼっちというのを味わったな、と。
だからかもしれないです、泣いていてもしかたない、強くなれ!と言い聞かせた自分が居たと思います。
叔母さんの心配はわかるけれど、電話をしてくるのはアヤコさん、赤ちゃんのママであってほしかったです。まだそこまで深刻に思っていないのでしょうね。それをおばあちゃんが先回りしているなと、ちょっと気になっています。
だれでも、はじめからお母さんではない、ってことだと思います。叔母さんもまだおばあちゃんにはなれていないのでしょうね。
ともかく、5ヶ月ぐらいなので、脂漏性(これでよかったっけ?)湿疹かもしれないし、断定ができないけど痒いだろうな、赤ちゃん。
叔母さんはお名前を教えてくれなかったので、「あかちゃん」としか書けません。とりあえず今できることとして、石鹸使用をすすめておきました。
どうぞお大事に。

 

■2001/10/27 (土)施術54回目

10月が終わろうとしています。週に1回の施術もこれで2ヶ月です。来月はどうしたものかと相談したところ、年内は週1回で通ってみてはどうだろうということになりました。今月ぐらいで終われるかと勝手に思っていたので、少し残念です。しかしこれからどんどん冷えてくるし、漢方薬で好転していたときも秋風に吹かれたらとたんに逆戻りだったことを考えると、ここまできたのだからもう少し頑張ることにします。

 

■2001/10/28 (日)あいたくて!

生協祭り「あいたくて都市生活」にスタッフとして参加したので、子どもたちは会場内に放し飼いにしました。おかね1000円を持たせて自由にさせておくと娘は私たちのブースを手伝って売り子を勤めていました。息子は店番は無理で、それでも「お母さんのお手伝いしてあげるね」と言ってくれていました。実際は遊びに夢中で親元などには戻っても来ませんでした。
熱気に包まれた会場内でしたが、痒いひとつ言わず、ケンカしたり、友達を作ってきたり、終了まで楽しく過ごしていました。一緒に遊んでくれたダイキくんお兄ちゃんどうもありがとうね!
昨年も参加して楽しんだのですが、やはり室温が上昇するにつれ体が痒くて困りました。今年は全くそのようなことがなくてよかったです。
「おかーーさん」と、追い回されるのかとどこかで期待していた私は、楽だったけれど、一抹の寂しさも感じました。また少し大きくなったのですね。

 

■2001/10/30 (火)つるりん!

よもぎ湯がよく効いたのでしょう。もうどこもブツブツしていません。痒くないです。一緒にお風呂に入って体じゅうを撫でさすっています。事情を知らない人が見たら「危ない親子」に見えるでしょうね(笑)。

 

■2001/10/31 (水)デート

月末は幼稚園の都合で午前中保育です。
それでマクドでお昼しました。狂牛病で外食産業は大変のようですが何をいまさら、ですよね。病気になるならもう発症しているし、食肉は問題ではないのに。この話しはもうひとつの日記でします。
浜田のマクドはスーパーの敷地内にあって、向かいには花やさんがあります。
男の子がお母さんと出歩いてくれるなんて、ほんのわずかな時期だからお店を覗いてみました。
それで、ゴールドクレスト(ツリーにぴったり)と、寄せ植えになるようにスミレなどを買い求めました。
月曜から近所ではナイフ男が徘徊していて、気分も暗くなりがちなのでお花を買って帰るのも、よい気分転換になりました。

 

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