アトピー性皮膚炎療養日記

川井筋系帯療法に出会って

2001年09月の日記

■2001/09/01 (土)散髪屋さん

31日は午後から娘さんを美容室に連れて行きました。平日の夕方でしたので閑散としたもの。
「サツキも散髪してもらったら」と勧めたが頑なに拒む。それで1日。いつもはお父さんと行く散髪屋さんに息子を連れて行った。
おじさんとおばさんと、その息子さんで経営している理容店、おばさんが
「あ〜いらっしゃい〜」
続けておじさんが「お〜きれ〜になって〜〜」
尼崎に越してきてからずっと通って4年目ですね、ひどいアトピーで、散髪してもらうのも気が引けていたのですがこちらのお店では上手に散髪してもらい、可愛がってもらっていたようです。なにせ私が連れて行くのは初めてでしたから。
おばさんが声をかけてくれました。
「とてもきれいに治っているね、うちの孫も…」
アトピーだそうで、気にかけてくれているのだ。いっとき息子が漢方薬などで改善したことがあり、尋ねられたので使った薬をお教えしたことがある。今回僅かの間によくなったのをまた尋ねられたので、筋系帯の所在をお知らせしてきた。お孫さんも良い出会いがあることをお祈りせずにはいられません。

息子が美容室を拒んだ理由は、可愛がってくれる人への義理だてと帰りがけに必ず飴玉をくれるから、のようで…(汗)。

 

■2001/09/02 (日)うつる…

1学期のある日、息子がこんな話をした。
「○○くんが、ボクとか(アトピーの)おともだちに、
『うつる、きもちわるい』て言うんだよ」

子どもは正直だから、思った通りに口に出すのだと知りました。
家族や周辺に、幸いなことにアレルギー等慢性疾患の患者がいないと知らないだろうなと溜息をついた。

息子には、これはうつらないんだよと、きちんとお話してあげようねと、励ますに留まりましたが。親の知らないところでこんな苦労もしているのだと、打ちのめされた気がしました。○○くんと、その保護者の方に機会を見て正しい情報を仕入れてもらうように話をしようと決心しました。すぐに夏休みになったので、まだ話はしていませんが。

唐突に日記につけたのは、本日NHKテレビで「語り継ぎたい・被爆者の苦悩」なる番組を見たからです。火傷の傷をさして「うつる、くさい、」と言われて大変だったことを、56年たって初めて証言する人々の声を聞いたからです。

○○くんたちにお話することが出来ればまた報告しますね。

 

■2001/09/06 (木)お便り御礼3

いつも励ましてくれるKさんが下の日記を見て、私の代わりに怒ってくれました。
そして息子にわかる言葉でお便りをくれました。本当にどうもありがとうございます。インターネットってすごいツールだとつくづく感心します。
もし、息子の療養記録が、他の多くのアレルギー疾患で苦しむ人たちの参考になればとはじめた日記です。症状の改善の模様を何とか報告できればと思います。ご意見ございます方は、お気軽にお便りくださると嬉しいです。
基本的にメールの内容は(当然ですが)好評いたしません、念の為。

 

■2001/09/09 (日)週に1回

新学期も始まり予定通り9月からは週に1回の施術となりました。
施術は土曜で46回目です。
この1週間で気がついたことは、おでこやひざのウラ、肘の所が痒くなったことでしょう。肘については、かさぶたをわざとはがして「血が出た」と面白がっているようです。母に叱られてぺろりと舌をだすので困っています。
おでことひざのウラは汗がにじんで痒いようですが、これは私も同様に痒いです。
誰でもそうですね。
赤いぷつぷつが出ましたが、程なくなおりました。
痒くてかきこわしたところには少しオロナインをつけてやりました。
傷はあっという間になおりました。おでこのところはどうもあせもです。

肌が強くなってきました。
6月頃「産毛が」生えてきたと報告していますが、このごろは私と同じく腕や足は「毛」がはえています。日の光にかざすと金色のキリキリしたのがわかります。

 

 

■2001/09/12 (水)うんどうかい えんそく さくひんてん

台風がすぎて、昼間は残暑がきびしいものの、空気が入れ替わった朝です。
惨劇を伝えるメディアとは対照的な、哀しいほどの青い空の下を子どもたちは元気に登校、登園していきました。上空を行き交う飛行機のエンジン音がこわいです…

秋は行事が目白押しですね。
いよいよ我が家でも幼稚園の運動会は今年が最後になりました。昨日はクラスのマエダせんせいと、対抗リレー必勝の作戦会議をしたそうです。
5月の乾燥した空気もそうですが、運動会シーズンも肌の弱い子には厳しい季節なのです。息子はどうも紫外線にも過敏に反応するらしく、お姉ちゃんの運動会などに連れて行ったときもマッカッカになって驚きました。
昨年も、理由を説明して息子だけは長袖シャツで運動会に参加したものです。

集団保育、教育で、どうしても容認できないことに「お揃いの外見」があります。1人1人の生理が違うのに、どうして「お揃い」なのでしょうね。
体調を理由に半袖シャツではなく長袖を着るとき「許可、理由説明」をして、お許しをいただいて「特別」扱いされなくてはならない理由が私にはどうしてもわからないのです。自分とちがう、少数の存在を、好奇の目で見たり排除の対象にする傾向のある日本人的感覚が、私は嫌いです。
違和感があれば「どうして?」と、質問して「理解」するきっかけにこそなれ、「きもちわるい」「うつる」「あっちいけ」「同じにしろよ」に終始する風潮には、異議を唱えていきたいです。

アレルギーの子の親をすることは、しんどいことがとても多いですが、物事を多角的に見ることができる機会を与えられたと…症状が改善されたからこんな呑気なことも言えるのでしょうがね。

 

■2001/09/13 (木)おねいちゃんの

きょうはおねいちゃんのたんじょうびです。
ようちえんからかえってきて、けーきをたべてからたんじょうびぷれぜんとをかいにいきました。
おとうさんと、いきました。
きょうおとうさんはかいしゃがおやすみでした。
おねいちゃんのために、しんおおさかまでけーきをかいにいってくれました。おかあさんはせいきょうのようじでいけなかったからです。
ぼくはおねいちゃんに、にゅーらのばっじをあげました。
よろこんでくれました。
おとうさんがおいわいにかってきた、せんしゃのぷらもでるをつくるてつだいをしました。

というわけで、自分のぶんは欲しがらずにポケモンのピンバッジを1こだけ買い求めてきました。自分が食べて凄くおいしかった新大阪のケーキやさん「ハイジ」のチョコのケーキを「おねぇちゃんのときも」と、強くすすめていました。まぁ、自分も食べたいものね。

 

■2001/09/14 (金)安眠

台風が行ったり来たりで、涼しいかと思えば残暑がぶり返したり。それでも確実に季節は進んでいるようです。
このごろは息子の布団やシーツが娘のと同じように清潔です。寝ながらもどこかを掻いて、かさぶたやらがシーツに残っていたのに。
ぱっぱっと、ホコリを払い落とせば大丈夫。毎日のように洗濯しなくても血で汚れることもなくなりました。
午後より47回目の施術です。
今日で幼稚園を早退しての筋系帯行きは終わりです。

 

■2001/09/18 (火)週末の憂鬱

大好きなおばあちゃんのところに遊びにいったこの週末。ひいばあさんの快気祝として(←これはきっかけでしかない?)温泉に入ってお昼からごちそうを頂いてきました。
わたしの実家に行くには、JR210円地下鉄230円私鉄890円と乗り継いでいきます。夫は会社から直帰です。
当地に越してきた4年ほど前は、長く遠く重く感じられた行程も、何時の間にか楽になったものです。
6月に入院して結構たいへんな手術を乗り越えた曾祖母(わたしのおばあちゃん)は、孫やひ孫がうじゃうじゃ〜集まったことを喜んでくれました。
「サツキくん、一緒にお風呂に入ろうよ」と、私が誘っても「ボクは男湯に入るから」と、すげなく断られてしまい、おかげでゆっくりさせてもらいました。
アトピーの回復は息子にとって何事にも自信に繋がっているようです。
おにいちゃんになったね、母も感慨深く申します。
しかし、
このところ息子にとっておばあちゃん周辺は安住の地ではなくなっています。ボクだけのおばあちゃんだったのが、従妹の出現と親戚のベビーラッシュで「子守りばぁさん」と化しているのです!実家に滞在中、居心地の悪そうな息子の顔がそれを物語っておりました。

 

■2001/09/21 (金)ひっかき傷

新たにアトピーの症状が出ることは、もう殆どなくなった息子です。生活の中で「痒い」ことがなくなったと宣言しても良い状態だと思います。
人間の生活で「ちょっと背中が痒い」ことはなんでもないありふれた日常の1シーンですよね。ぽりぽり掻いてすっとする、普通のことです。
アトピーの場合は、ぽりぽりがやがてボリボリになり、ガシガシになり、皮膚が破れて血が出てもやめられない、眠れない、耐えられない、これは普通ではないことと認識しています。
この前から息子はおしりのあたり、お尻と太ももの境目当りをボリボリ掻いて、傷にしてしまいました。引っかき傷です。
再発かな、緊張が走りましたが、なんだか違うのです。
・赤く腫れていない
・周辺へ広がっていない
・痒いのはそのときだけ
・すぐにかさぶたになった
馬油をちょちょいとつけたら治ってしまいました。かさぶたが取れた下からは、正常な皮膚が再生されて出現しました。これは健康な私たちが怪我などした跡の経過と同じです。但し、息子は今までこのように普通に治ることはなかったです。
肌が本来の健康で正常な状態になってきたのですね。

 

■2001/09/25 (火)爽やかな秋の3連休

22・23・24は、実に爽やかな3連休でした。
初日は筋系帯48回目。急に冷えこんだのが理由でしょうか、息子の顔がかさついていました。たんに顔を洗い忘れたのかもしれません。このところはもうすっかり、私の布団に来ることがなくなりました。気持ちよさそうにお布団にくるまり、朝までぐっすり眠れるようになりました。暑さ寒さも彼岸までとは、昔の人はよく言ったものです。顔のかさつきは、痒みは伴っていないので、オリーブ油をごく少量ぬってみました。
23日(日)は、おねぇちゃんの卓球大会についていきました。青少年センターの体育館での公式戦です。家族揃って参加、我が家からは娘と夫が出場しました。どうもホコリっぽいようで、私はくしゃみを連発してしまいました。息子もホコリに反応したのか、顔があれてきたようなので心配です。
戦績は夫3人中3位、娘低学年の部、6人中3位で賞状と銅メダルを獲得しました。息子は団員ではないので試合には出られません。退屈して、渡り廊下で行ける子供科学館で存分に遊びました。ボランティアの指導員、ボーイスカウトのお兄さんがたお世話になりました。
24日はかねてから思っていた、子ども部屋の大掃除を敢行しました。思いきっておもちゃなどをゴミ袋に何杯も処分しました。これで学習机が入れます。
あと半年もしたら、小学生なのです。
「おかあさん、ボクの机の場所ができたね」積極的に掃除をする息子も事情がわかっているので張りきっています。
痒いかゆいを引きずって学校に通うことのないように、2つ目の目標も多分達成できるでしょう。
湿度が下がり、朝と昼の気温差が大きくなってきたこのごろ、かさつきが気になりますが、回復もするのでありがたいです。
28日(金)に行って、10月の予定を話し合います。
隔週にできれば嬉しいのですが。

 

■2001/09/26 (水)都市生活生協 NPO法人格を取得

いつもお世話になっている生協都市生活が8月1日にNPO法人格を取得し、記念の講演会が三宮勤労会館でありました。講師は社会福祉法人「大阪ボランティア協会」事務局長の早瀬昇氏。氏は「市民活動て何」ということを具体的にわかりやすくお話くださいました。
都市生活生協が法人格を強く望んだのは1995年阪神大震災がきっかけでした。早瀬氏もそのことに常に触れながらお話を進めました。
その中で非常に伝えたい挿話がありますので、ここに書きます。
――1月17日の夕方には、ボランティアがアトピーの子ども達のために各種の除去食を用意して届ける手はずを整えました。全国のアトピー児を持つ親たちがいち早く段取りをしていたのです。これは決して役所にはできないことで、ボランティアの特徴です。「自発的に」手を貸したい人が多ければ多いほど、あらゆる面に気がつくようです。あの状況で、アトピー児への配慮は私では思いもつかなかったことです。――
なんでも、ボランティア協会の事務局長でさえ、この動きを知ったのはかなり後のことだったそうです。この話しに私は止めど無く涙がこぼれました。秋の鼻炎でハナミズはでるわ、涙は出るわで、講演の内容がぼやけて困りました。
広報の取材で行ったのに…

 

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