アトピー性皮膚炎療養日記

川井筋系帯療法に出会って

2001年08月の日記

 

■2001/08/01 (水)おかげさまで

火曜日は筋系帯をキャンセルして、おうちでヨイコにしていました。
おかげで熱は月曜のお昼までに下がって、昨日、きょうと、楽にしています。耳下腺の腫れも今朝は随分治まっています。
最近38.5℃を超えた発熱はいつのことだったか、思い出せないのです。今回久々に発熱を伴って、息子の肌の状態がぐっとよくなったようです。まだ「アトピー」という呼び方がなかった昔、麻疹などで高熱が出た後は肌がきれい、というか、肌荒れなどの症状がつるりんになる、などと言われていたことがあると、聞いた気がします。

筋系帯の川井先生も、「実証 アトピー性皮膚炎を治す治療革命」のなかで213ページで次のように著しています。
 ――ステロイド剤のなかった時代には自然治癒力に頼らざるを得なかったのです。またそれで治っていたのです。――

昔からの言い伝えというものを、こんな機会に実感するものです。実家の父はおたふくを「人相なおし」と言いました。

 

■2001/08/03 (金)熱雷

昨日は夕方4時過ぎからの天候急変のため、マシンの電源をオフにしました。
かなり近いカミナリでした。
8/2日の気温は、聞いて驚く38.4 ℃。大阪で観測が始まった昭和8年から(それでも)4番目の記録だったそうです。さすがの我が家でもエアコンを使って、凌ぎました。
それでも天の恵みにはかないません。
30分以上にもわたる夕立のおかげで空気が入れ替わり、安眠を得た子どもたちでした。
水分をふんだんに取り、もの珍しいお手伝いをし、何度も水浴びをたのしみ、すてきな音楽にひたり、よく眠り、のんびりと1日をすごしています。息子はおたふくの腫れも順調にひいており、来週は水辺に遊びに行けそうです。

「左の耳がいたい」と訴えてベットに向かった娘でしたが、今朝はしらっとした顔で起きてきました。ちょっと期待したんですが、本人は「9月1日の朝にいたくなればいいのに」と、もくろんでいます。筋系帯診療所の近くにあるお地蔵さんにお願いしていました。

本日施術40回目です。

 

■2001/08/10 (金)千と千尋の神隠し

施術42回目です。
帰りの会計を済ませて、受け付けのワキタさんに
「これから映画に行くねん」と、嬉しそうに告白する息子。
『千と千尋の神隠し』だと言うと
「あ、それおねえちゃんも見てきたよ!」と、ワキタさん。

急いで梅田スカラ座に行くと「満席です〜」のアナウンス。慌てて三番街シネマに走る私たち。並ぶこと暫し、前から5列ぐらいのところでしっかり鑑賞してきました。日ごとにお出かけが「楽」になるのを実感します。
急遽、映画館変更?
並ぶ!?
お昼もそこそこ!?
これらのハプニングにも子供たちは苦情一つ言わず、息子もぐずることなく、2時間半もの大作を息をのんで鑑賞してきました。

どうも私は、子ども達が大きくなっているのをふと忘れていることがあるようです。日頃の接触が少ない夫が、とくに息子を過小評価するのは当然かもしれないと思いました。

 

■2001/08/11 (土)なかよし姉弟

今朝娘が耳の下を腫らせて「ちぇ〜〜〜、あんなにお願いしたのに〜〜〜」
早々におたふく風邪になったと、起きてきました。新大阪のお地蔵さんは、効き目がないのかな〜〜と申しますので
「やっぱりお賽銭も入れないで、お願いを聞いてもらおうなんて」と笑ってやりました。
幸いなことに発熱は37℃がピークで、滅茶苦茶に汗をかいて一眠りしたら平熱に戻ったのには恐れ入りました。

弟が発症してほんとにちょうど、2週間目の朝でした。

残るは私…。

明日はお父さんと2人で、木曽の実家に帰る息子。
お姉ちゃんにリュックを借りて、せっせと仕度をしています。この輝く素肌を見てもらえると思うと、留守番もまた楽しというモノです。

「おねえちゃんは怒ったらいつもおたふくみたいにぷーーやから」などとこわいもの知らずの息子の発言です。

 

■2001/08/12 (日)父子で帰省

おたふくの娘と私は留守番で、夫と息子は涼しい木曽に帰省しています。ここ数日は凌ぎやすい夜が続いていますが、山の夜はまた格別です。残念ですが今年はガマンでしょう。
予定通りに帰りついたと義母から連絡もあり、夜8時前に夫から電話がありました。
「信じられないぐらい、ヨイコなんだが!」
夫が驚嘆の声をあげます。
「それがサツキのいつもの姿よ」なんて、突き放す私。日本のサラリーマン父親というのは、なんだか哀しいなと思います。
「昼間のパパはちょっと違う〜」忌野清志郎さんの歌がありますが、パパも昼間の子ども達を知らないのですね。列車の中でケンカでもするかと心配でたまりませんでしたが、母がいない男同士の道中は案外友好的なのかもしれません。もっとも、息子の体調が良いのが重要な点であることは言うまでもありません。
旅程は2泊3日。面倒なことなく、無事に戻ってきてくれることを願います。

 

■2001/08/14 (火)オトコ2人ゆく木曽路にて

12日から14日まで、オトコ2人の帰省は無事に終了しました。
正常に戻った息子を見てもらうことができて何よりでした。7月のお泊り保育ですっかり自信を持ったから、「すごく楽しかったよ」と何度も私に言ってくれます。
筋系帯と出会ったことが、我が家に関わるすべての人に喜びとなって満ちてくるのがわかりました。だから嫌なことは忘れたらいいのですが、この日記にはネガティヴなことも書くのです、私の心の記録なのですから。自分は将来に同じことをしないようにの自戒を込めて。

…到着した初日、こちらから電話をして義母と話しをしたとき。
「まぁ(すごい!ではない。まぁまぁってとこかい)だいぶ良くなってるけど肘のところが(どうのこうの)、良く効く温泉の水があって、それをつけたらどうかいね」

もうこの人と話をするのはよすことにした。

 

■2001/08/17 (金)施術43回目

日常生活においては痒みがなくなりました。
暑い日が続き、汗をかいては「痒い―」と騒いでいます。エアコンはつけないので、すぐにシャワーで対応しています。今後の見通しについて、センセと話をした。
現在の状態は、肘のところが最終の脱皮をしているのと腰のところ、ズボンのゴムがあたるところがまだ滑らかになっていない、といった具合です。8月はあと4回通う予定で、9月からは週に1回にすることになりました。
そして月に2回にして、最終的な判断をするのだそうです。8月にはいってからも2回/週を守っていましたが、症状についての私からの説明で、かさついているところがまだ「痒い」と伝わっていたようです。もう全然、痒くありません。

 

■2001/08/21 (火)施術44回目

予報よりずっと足が遅い台風11号の動きを睨みながらどうしようか迷った挙句、やはり出かけました。
JR新大阪駅の中央コンコースにはNHKのクルーがいました(笑)。
けっこう凄い天気なのに、伊丹空港に着陸しようとする飛行機があったのには驚きました。
駅のすぐ上を掠めて飛ぶ様子に「おかーさん、落ちへんかなー」子どもながらに危険を察知していたのですね(汗)。
ビルの谷間は風が滅茶苦茶に吹くので、傘が何度もめくれかえります。
それでも何とか診療所に辿りつき、私は別のことで感心しました。
こんな台風の日にも、出かけることが出来るほど、子ども達が大きくなったのね…。
肘のかさぶたをむいてしまってひりひりすると、センセに訴えています。「無理にはがしたらあかんよ」センセはクライアント扱いがさすがです。

 

■2001/08/26 (日)夏の終わりに

気がつくと、今週で夏休みは終わり。
昨夜は私でも目が覚めた震度4、ここ数日の涼しさに早寝していたから、午後10時半には寝ていたもので。
子どもたちは全く知らず、朝までぐっすりだった。25日は45回目の筋系帯に行く予定だったが息子が幼稚園の登園日のほうを希望したので、キャンセルとなった。
次は29日(水)そして31日(金)となっている。
9月からは週に1回だ。
息子は涼しいのに網戸全開、さらにおへそ丸出しで寝たのが原因か、お通じがゆるゆるの様子。何気なく、毎日が過ぎてゆく。

 

■2001/08/31 (金)施術45/46回目

あさ10時前の新大阪は気温24℃でした。アキアカネがちらほら飛んでいました。
自然というのはまったく不思議です。8月が終わるときちんと涼しくなるのですから。
ひんやりした風にさらされてか、肘のあたりや、ひざの裏にかさつきが目に付きました。こういうときは保湿は有効だとセンセも仰います。私の愛用は「水の彩」という保湿ジェルです。
以前も使っていたことがあり、息子の肌には刺激もなくいいみたいです。オリーブオイルも少量使ってみました。これもいいみたいですよ。

 

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